知的好奇心を高める教授法




面白い授業とは

「知識の学習は詰め込みである」と「知識の学習は面白くない」という考え方は一見、相互に作用しているようで、児童に対する知識習得の為の面白い授業を作り、実践する重要な課題であると思う。

教科書の内容を丸暗記させるような詰め込みの授業では知識の学習は面白くないに直結してしまう。仮に、知識の学習が詰め込みであったとしても、子供の知的好奇心を引き出すような授業内容であれば、決して知識の学習は面白くないということにはなり得ない

従来の詰め込み式の授業形態から、知識の授与は最小限にとどめ、確かに詰め込みが必要な学習内容は存在するとは思うが、インタレスト・エンターテイメントを盛り込み、(特にインタレストが重要だと思うが、エンターテイメントも詰め込み型の授業には必要であると思う)学習内容の知的好奇心を高めることが重要である。

子どもの主体性を重んじる授業へ転換し、自ら課題を見付け、自ら判断し、問題を解決していく生きる力を身に付けるように指導することが理想である。




ルール学習

ルール学習とは

ルール学習という言葉は「つまらなさ」や「むずかしさ」というイメージがあるようだが、ルールを学習しそれを使うことで、自然や社会の一貫性を楽しく味わうことができ、記憶の負担が軽くなり根拠を持った予測が可能になる。

しかし、「ルール学習」というと「ルールを使う」「ルールから事物事象をみる」という観点が抜け落ち、学習の最後にルールをまとめあげる形になると「ルール学習はつまらない」ことになってしまう。

「ルールを使うこと」を重視し、ルールの言葉を覚えることがルール学習した証拠ではなく、「ルールを使って予測できる」ことがルール学習の本質であるため、ルールを使うことにより学習を楽しく活発なものにさせ、しっかりとしたルール獲得に結びつけることが重要である。

例外例の存在

また、例外例の存在もルール学習では重要で、例外例はルール学習の弊害になるのではなく、学習を深める働きをし、例外例がうまく組み合わせてある学習例を利用すれば、単なる丸暗記とは全く異質な活動、ルールを使い予測-確認をする、活発で魅力的な学習活動が展開する。

誤ルールの保持の有無

ルール学習は重要であるが、ルール学習を教えようとするときに問題になるのは学習者である子供の既有知識の状態、つまり誤ルールの保持の有無である。学校で扱う教科学習においては、学習内容が子供の日常生活と関わるものであることから当該学習内容についての知識を誤ルールとして自力で獲得してしまっている可能性が高いため、学習者の持っている誤ルールの強さを知り、上手に組み替えていくことが重要である。

知的好奇心の観点からは、明確な探求の方向性を持たず、幅広く情報を求めるような「拡散的好奇心」と特定の対象に対してより多くの知識を求めようとする「特殊的好奇心」の2タイプがあり、拡散的好奇心は刺激や情報の乏しい環境で引き起こされやすく、特殊的好奇心は認知的葛藤つまり、人間の内部でおこる背反する複数の概念間の衝突により起こる。

また、特殊的好奇心を高めるような教授法がとられれば、学習が内発的に動機付けられ、学習意欲を高めることになる。認知的葛藤による方法以外にも、日常の現象を説明して暮れ量名事例を伴わせる方法や、既有知識を使って思考を巡らせられるような方法が知的好奇心を高める。

今まで知らなかった世界を切り開いてくれるような学習内容は学習指導要領の制約を受けるものの、知的好奇心を高めるような内容の工夫ができる余地は十分にあり、インタレストとエンターテイメントという二つの面白さの中で、インタレストの面白さを持ったわかる授業を行うことが学習意欲を高め、広範な学習内容に対する知的好奇心を引き出し、学習に対する達成動機を高める。その結果、課題や場面を越えて高い学習意欲を示す子供が育つことになるとしている。

知的好奇心を高める授業とは

ルール学習などにより、知的好奇心を引き起こし高い学習意欲を持たせるためには、さまざまな方法が存在し、教師に必要なこととは、なるべく多くの引き出しを持ち、その場の臨機応変、高い対応能力を有しインタレストなおもしろさをもった授業展開を行うことである。

子供たちが進んで学ぶようになるためには知的好奇心を引き出し、学習に内発的に動機付けられるよう促すことにより、熱心に学習に取り込み、その際のわかりやすい授業内容により「熱心に聴いていたら、学習内容が習得できた」という体験をさせ、このような体験により自己効力感を高めさせ、それにより達成動機を高めるといった正のスパイラルを生み出すことが重要であるが、それは非常にハードルが高く、事前の準備や経験といった教師側にとって難易度の高い問題である。

それを実現するためには、自分自身が多くの事柄に興味を持ち、見て聞いてそして体験し、なるべく沢山の経験をすることが今からできる準備である。つまり、知識の学習とは知識というモノを子供が得るという結果を目的としているが、教師が特に工夫もなくモノを与えることでは全く意味はなく、自発的・内発的に児童自身が欲する場を設定することが重要である。