音楽が人間へ与える影響

音楽には自身の経験も含め、様々な心理的影響・生理的影響がある。また、これらの影響は膨大な研究・実験(音楽と脈拍・呼吸・血圧・脳波その他との関連性)や高精度センサーの開発による測定範囲の拡張、精神作業による裏づけの試みが行われてきた。




生理的作用

音楽が人間に与える心理的作用には、実験により「聴く音楽の種類にかかわらず、本人が聴きたいと思う音楽を聞いた場合、どんな音楽でも共通に身体の緊張が解け、体表面の毛細血管が拡張して皮膚温が上昇し、かつ筋の緊張度が低下する」という結果が得られている。音楽と内分泌液・ホルモンの関係も注目されている。音楽を聴くことによってホルモンの分泌量の変化やストレスの指標といわれているコルチゾルの変化量により音楽を聴くことにより人間の生理的状態に影響を与えていることは明らかとなっている。

また、音楽は高齢者に聞かせることにより、アルツハイマー病の症状を改善したり、予防したりする可能性があることが解っている。アルツハイマー病だけでなく、一般的には生理的なホルモンは年齢とともに、低下するのですが、そのことがうつや不安、物忘れ、などのいわゆる高齢者のぼけ症状の原因になる可能性が指摘されている。

しかしホルモン剤は副作用の問題もあり、もしこうした測定結果が科学的証拠の下確立されれば、代替医療としての音楽療法の可能性もひらけてくると思われる。音楽療法とホルモンのメカニズムの詳しい解明はこれからだが、高齢者の認知症は、いまだに効果的な治療法がないだけに、期待がもたれている。まだ、音楽療法は試行錯誤の段階だが、実験を積み重ねて、音楽の医療効果のメカニズムの解明が進めば、さらに応用が広がると思われる。

しかし、音楽の生理的作用を検証する上で、音楽を聞くことによる感情の変化を介さない、つまり音楽が身体に及ぼす直接的な作用を考える必要があるが、心理的な部分のみを取り除く決定的な検証結果は得られていない。人間は音楽に囲まれて生活しているものであって、それまでの人生の中での経験・記憶が心理的作用を介して生理的条件に影響しているからである。




心理的作用

逆に、音楽が人間に与える心理的作用に注目すると多数の種類がある。

まずは音楽による気分の転導である。音楽は音の流れとして進行するが、その流れはさまざまな変化(速度・強弱・高低・鳴響・静寂等)を呈しながら動いていく。それら音の流れの変化は1つの力動として表され、それは感情の力動と類似していると考えられており、音楽は、特定の感情を表現するのではなく、音の動きの力動に類似するその時その人のさまざまな感情を引き出していき、そういう感情に人を引きずりこんでいく能力が、「音楽による気分の転導」である。

次に音楽は現在もっていない感情を誘い起こす感情の誘発がある。自らが経験したことも含め、人はある曲を聴いて突然昔のことを思い出すことがある。これは個人の思い出の中の何かが、その時たまたま聴いた音の印象から思い出され、過去のイメージが蘇ってくるためである。この感情の誘発能力は、感情精神病・老年痴呆の治療においても利用されている作用である。

次に音楽を介して内に鬱積していたものが外に表現される状態、発散がある。発散は、さまざまな表現手段(会話・スポーツ・娯楽・食事)によって可能となるが、音楽では歌う・演奏する・鑑賞する等を実行することで発散となる。発散は、身体運動を伴ったほうが効果的である場合が多いが、例えば良く知っている音楽の場合は自分の中でなぞり演奏をしているし、知らない音楽でも、聴き入っているときは演奏と同じような積極的な演奏参加がある。そのような場合、心の中で心の内面の掘り起こしや喚起が起こっていることが体験され、自己表現のほかに、ヴェンチレーション(心の換気)という概念も加わる。

また、主観的・経験的な効果として音楽による励まし・慰めがある。音楽によりメッセージ(作曲家や演奏家のメッセージ)を受け取り励まし・慰めだけでなく時には、感情の高揚・鎮静・正常化・浄化などの作用が起こる。

また、別の観点から音楽の社会的機能が挙げられる。音楽活動は、人間の集団意識を育て、また社会性や努力の価値を理解する気持ちを育てるという作用で、個人の側から言えば、音楽によって集団との一体感が持て、集団の側からみれば、音楽が集団を結合するのに役立つ。集団音楽行動(合唱や合奏)をモデリング(観察学習)により楽しそうな行動・一所懸命な姿を見ることによって社会性や協調性の成長が期待できる。また、鑑賞を主とする受動的音楽活動より、演奏を主体とする能動的活動の変化により自己表現方法の多様化などもある。

このような音楽に含まれる多次元的な法則性が、時間経過の中で展開し、人間への影響と共に心理的・生理的に変化を促していると考えられる。